以前も音楽レッスンのコンセプトという記事で書いたのですが、自分が思うレッスンのやり方についてちょっと書きたいと思います。
音楽を勉強すること、技能を学ぶことはともすれば「門下」と言う言葉で表現されることもあります。

私がこのレッスン教室を開いたのは、音楽レッスンのコンセプトでも示したように「経験や知識を共有する」ことを目標にしたからです。そのためその記事で、自分が影響をうけた出来事や人達のことを踏まえて「先生」と呼ばず名前で呼んで頂いていいと書きました。

どこの教室の門下に入ったから他へ行きにくいなどの小さなしがらみは、自分が最も避けたいことの一つです。

自分自身、本当にいろんな方のお話を聞いたり習ったりしてきました。人から学んだこともあれば本で学んだこともあり、経験で学んだこともあり。一般的に何かを学ぶためには、特定のものに限定されず、より視野を広く持つことが一番大切ではないかと思っています。
人によってレッスンを受けるのは一度きりでもいいでしょうし、他に受けてみたいレッスンがあれば行ってみてもいいでしょうし、インストラクターは習う方自身の選択をサポートすることが一番大事だと感じています。

このような記事を書くのは、学びを得る上でのそういう小さなしがらみが、想像以上に多くあるという事に軽くショックを受けたからです。

自分自身、そうやってあちこちを渡り歩こうとした時に批判されたこともありました。
あっちの教室に行ったりこっちの教室に行ったり、いろんなところを行き来する生徒さんは、ともすれば「どっち付かず」とか「一貫性がない」、もっとひどい言い方をされることもあるかもしれません。

でも、学ぶ上で一体それの何が良くないのでしょう?

自分の足を使ってあらゆるところへ行き、自分の目でいろんなやり方を探り、研究をして自分のものにして行く。
賛否両論はあるでしょうが、いろいろな方法を多角的に学ぶことが一番大事だと私は個人的に思うのです。

教えてくれたインストラクターへの敬意を払うのは当たり前としても、それは尊敬する気持ちがあれば自然に起こることであり、形として顔を立てるための行動を指示されるのはよくわかりません。

そもそも音楽って流動的であり、色々なものに影響されるものではないでしょうか。
伝統を守りながらも、形を変えるものは変えて行く。それは誰にも止めることは出来ない。

人間なのでいろんなしがらみがあり、逆に言うとそれが人間らしいという言うこともあります。確かに生徒さんの一人一人に情熱や愛着を持てば持つほど、ずっと同じところに通って欲しいと願うのは講師やビジネスの立場として、ある意味自然な流れだと思います。

でも音楽は繋ぐものであっても縛るものではないのですし、インストラクターはあくまでもサポート役。縛りを持ってはいけないと自分自身強く感じます。

なんだか精神論っぽい感じになってしまいましたが、一言で言うと
自分主体に自由にいろんなところから学んで欲しい!
それだけですわーい(嬉しい顔)
自分も精進しますグッド(上向き矢印)

音楽レッスンに思うこと
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